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畏齋李端夏夫妻の衣服

Lee Dan Ha and His wife's clothes
重要民俗資料

畏齋李端夏夫妻の
衣服

Photo Source: Cultural Heritage Administration ( http://jpn.cha.go.kr/japanese/html/sub1/index.jsp)

畏齋李端夏夫妻の衣服

畏齋李端夏夫妻の衣服
  • 指定番号 : 重要民俗資料第4号
  • 指定日 : 1965年 10月 14日
  • 所在地 : 江原道 旌善郡 臨溪面逢山里216番地
  • 所有者 : 李煒
  • 数量及び規模 : 大礼服1点·中致莫1点·刺し子チョゴリ1着·奉帯1具·ドトラックテンギ1枚· 龍蠶 1具
  • 来由
    • 臨溪面逢山里では 畏齋 李端夏 夫妻の衣服を子孫の李偉氏が所有している。 李端夏は朝鮮時代の文臣であり字は 季周、雅号は畏齋、松間、蔭補で工曹佐郞になり 1663年文科に合格し、 北評事、副校理、吏曹正郞を経て 1668年校理として經書校正廳の校正官になり、翌年訓鍊別隊の創設を奏請し施行するようにし、同副承旨、大司成として大提学を兼任した。 1674年肅宗即位後、西人として第2次服喪問題で肅淸された議禮諸臣処罰の不当性を訴えたが、退けられた。 1680年(肅宗 6年)庚申大黜陟で 洪武官提学となり 顯宗改修實錄の編纂に参加し、1684年禮曹判書となり社倉節目を王に奉げ、同年左參贊となり宣廟寶鑑を撰進し、1686年右議政、翌年左議政になった。その際に李端夏 夫妻が着た衣服が現在まで残っているが、現在李偉氏が所有している衣服は中致莫 1着、 大礼服 1着、 刺し子チョゴリ1着、奉帶 1具、ドトラックテンギ 1枚、龍蠶 1具 などだ。 畏齋 李端夏 夫妻の衣服は国指定文化財民俗資料第4号で1965年 10月 12日に指定され、95年 2月大礼服に対する薫蒸処理後に守孤堂に保管されている。